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令和三年水無月雑感     

更新日:7月20日


コロナ禍に悩まされる昨今、密を避けなければならない、人と人との集まりを断絶し、コミュニテイの崩壊も余儀なくされ世知辛い時代です。フランスの哲学者プレーズ・パスカル(1623~1662)が編纂し刊行した遺著「パンセ」の言葉~人間は考える葦である~

端的に「人間は自然の中で最も弱い一本の葦みたいなものですが、考えるという能力を持つ存在」と表現しました。飛沫による疫病拡散防止の為、文明の利器を駆使し、人流を防ぎ、例にドローン撮影によるリモート花見、観光等まさに彼の言葉は今のコロナ禍に該当します。住吉神社においては、流石にリモートでの参拝実現には至っておりません。小人数で集まる参拝にて密を避け、人間の行動、考える努力のみで、機械には頼らずこの不測の事態を乗り切ろうと試行錯誤している現状です。

特にこのようなご時世、目まぐるしい時代の変化に、人は価値観がかわりノスタルジックそのものを批判する傾向の方も存在する事であろうと斟酌します。しかし、参拝者の方よりご配慮いただき縮小しながらも維持する事、これすべて絶やさず御神慮により神の御加護があらんことと祈誓、言わば祈りの連綿による努力の誓約(ウケヒ)が神に通じ、徐々に疫病収束の兆しが見えてきていると信じ思う所です。神社で祈りの意義を再確認し、この有事を乗り切りましょう。又冒頭の考える葦から人(木)に比喩するならば、葦は他の木とは異なり、台風などの暴風でもその風に身を任せてしなる、強い木たちは折れていく中、葦の強度は低いが、葦は風に身を任せ、折れずに残ります。つまりフレキシブルな頭の良い葦(木)イコール人です。

日本語には素晴らしい慣用句があります。「実るほど頭を垂れる稲穂かな」

水無月、お田植えの時期にこの故事成語私の頭によぎります。

当社は、文明の利器には極力頼らず、神意によって稲が豊かに実り栄える国すなわち~豊葦原の瑞穂の国~の如く日本民族、日本の葦らしく謙虚な姿勢で従来通り神聖なる場所神社にて、直接神様と対面し、伝統文化、作法に則り祈りという形を継承していく所存でございます。何卒ご理解とご協力の程、伏して宜しくお願いたします。併せ疫病の収束と平穏無事を衷心よりお祈り申し上げます。

 令和三年 水無月 

      下津住吉神社 長尾 健仁

                         


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